バイクなんて自分とは別世界――だけど、その扉は意外と近かった

そんな僕が、高校一年生の夏に、自転車で信号待ちしていたときのこと。
目の前を走っていったのは、静かに走り去っていく1台のバイク。
「バイクに乗るなんて、きっと一生無縁だろう」と、以前の私は心のどこかで決めつけていました。
革ジャンを着て、エンジンを響かせるライダーたちは、まるで遠い違う星の住人のように見えたものです。速さも音も、自分には必要のないもの。危ないし、手間もかかる。
部活に夢中だった高校時代の私にとって、バイクという存在は、恋愛や受験よりもはるかに現実味のない、「自分には関係のない世界」でした。
けれど、人生には、どこかで思いがけない道が開けてしまう瞬間があります。私にとってそれがバイクとの出会いでした。
きっかけは、予想もしなかった「小さな憧れ」

あの夏の日、部活帰りに信号待ちをしていた時、ふいに隣に一台のバイクが止まりました。
マフラー音は思いのほか静かで、派手さもなく、ただ淡々と信号が変わるのを待つライダーの後ろ姿。その背中には、どこか余裕と自由、そして孤高の美しさが漂っていたように今でも思い出します。
何か特別なコミュニケーションがあったわけでもない。ただ、不思議なくらい心惹かれて、「あんなふうに、どこか自分だけの景色を見てみたい」と、胸の奥で小さな火が灯った瞬間でした。
それは一瞬の出来事でしたが、「無縁だ」と思っていた世界のドアノブに、そっと手をかけてしまった感覚。それが、私が走り出した理由のはじまりでした。
バイクとの距離が少しずつ縮まっていく
その出会い以来、私は自分でも驚くほど、自然とバイクについて調べるようになっていきました。
ネットでバイクの車種や、バイクにまつわる映画、ライダーたちの運命的なエピソード、さらには日本の絶景ツーリングスポットまで、数えきれないほどの情報が毎日頭に流れ込みました。
「免許を取るにはどれくらいお金がかかるのか」
「原付と普通自動二輪の違いは?」
「最初の一台に最適なバイクとは——?」
何ひとつ分からないことばかり。でも、それが妙にワクワクしたのも事実です。
バイクショップの前を何度も素通りしながら、「自分がここに立ち寄る日が果たして来るのだろうか」と心の中で自問し続けていました。
けれど、友人の原付にまたがる機会を得て、はじめて「バイクに触れる」という経験をしたその日、世界が一変したのです。
両手で握るハンドル、体を預ける車体、エンジンの振動が鼓動として伝わってくる。自転車とは桁違いのエネルギー。
ただ数百メートル走るだけで、「自分の中の常識」が音を立てて崩れていくのが分かりました。
免許取得への挑戦――意外なほど「日常」に入り込んできた楽しさ

「やるなら、ちゃんとステップアップしたい」と思い立ち、アルバイトに励みました。
毎月のこづかいはいつの間にかバイク資金に消えていき、友達との遊びも我慢。
教習所への申し込みは、「どうせ途中で投げ出すかも」という気持ちも少しありました。
でも、はじめて教習車のCBX400にまたがり、インストラクターから「クラッチを少しずつ放してごらん」と言われたあの日は、今も鮮明に覚えています。
自分でエンジンをかけ、アクセルを回し、バイクが走り出す。あの瞬間の高揚感と、恐怖と、喜びが一度に押し寄せました。
不器用な自分でも、繰り返し練習すればちゃんと進める。一歩ずつ前へ進む感覚が、バイクを通して日常に溶け込んでいきました。
初めてのツーリング――「贅沢」とは、こんな時間のことだった

免許を取ったその日、父親のスクーターを借りて走った地元の川沿い。
目的地も特に決めず、ただ風に吹かれ、ひとりきりの午後を過ごしました。
ヘルメットの中で響くエンジン音。流れる景色。知らない道をただ曲がってみる。それだけのことが、とてつもなく贅沢で、色鮮やかに感じられたのです。
スマホを手に取ることもなく、音楽も聞かず、誰とも話さない。ただ「今」に没頭する、自分だけの時間。
「これほどまでに爽快な瞬間が、普段の暮らしのすぐ隣にあったなんて」。
それはまさに、心がリセットされる感覚でした。

バイクが教えてくれた価値観の大逆転――「目的」じゃなく「感情」を味わう

これまで私は、勉強や部活、アルバイトでも、ついつい「何のため」の行動ばかりを選んできました。
効率や成果、評価を得ることばかりが頭の中心を占めていたのです。
ですがバイクに乗るときだけは、理由なんて何も必要なかった。
「心地よいから」
「外の空気を感じたいから」
「とにかく走りたいから」
それだけで十分に豊かだったのです。
目的地も、特別な予定も、バイクの前では重要じゃない。「どう感じるか」こそが、すべての理由になる。そのシンプルな体験が、自分の人生観まで静かに変えてしまいました。
バイクと日々を重ねて気づいた、「心の余白」の大切さ

気まぐれに手にしたバイクのカタログや、旅路で触れ合った仲間たちとの会話。Twitterやインスタで見つける壮大な景色——
それら一つひとつが、「自分には無理」「縁がない」と思っていた過去の私を、少しずつ変えてくれました。
バイクは、ただの乗り物ではありません。
速さやエンジン音を楽しむもの以上に、「心の余白」を作ってくれる特別な存在です。
風を浴びて、進むたびに積もった日々のストレスが洗い流されていく。「走る」ことそのものに癒しや発見がありました。

かつての自分に伝えたいこと――「ほんの一歩」が世界を変える

今、バイクと過ごす日常は、あの頃の私が想像したどれとも違う「自分だけの特別な世界」です。
勇気を振り絞って免許を取り、最初のツーリングに出て、新しい景色や出会いを経験できた自分を、ちょっとだけ誇らしく思えます。
「バイクなんて絶対に縁がない」と思っていた頃の自分へ――
あの背中を、あの景色を、ほんの少しでも気になるなら、ぜひ飛び込んでごらん。
バイクは、“速さやカッコよさ”だけじゃない。
自分の心のリセットボタンになり、人生の余白を大きく広げてくれる“相棒”です。
今、「走り出した理由」はもう明確です。
未知の世界にほんの一歩踏み込むだけで、毎日がこんなにも鮮やかに変わる。
バイクを通じて得た感動や安堵は、けして誰かのためじゃなく、紛れもなく“自分自身のため”の新しい価値観でした。
最後に――あなたの「無縁」が、「走り出す理由」に変わる日
世の中には、無縁だと感じることがたくさんあります。
でも、バイクと出会った私がそうだったように——きっかけはいつも、意外と身近に隠れているものです。
走り出す勇気を、たった一度だけ持つことができれば、人生にとって大切な発見が必ず訪れます。
「あなたは、心から“ゼロ”になれる時間を持っていますか?」
もし答えがNOなら、ぜひ風を感じに、ハンドルを握ってみてください。
バイクは、私たちに「感じること」「楽しむこと」「生きること」の根本的な喜びを取り戻させてくれます。
もう、「バイクなんて自分に関係ない」と決めつける必要はありません。
世界は、ほんの少し勇気があれば、想像よりもすぐに、あなたの一歩先で待っています。


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